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土曜日, 10月 24, 2020

神はわたしに命と生きる意味を与えてくれた方

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1. 自己紹介をお願いします。 

 大阪市生野区にあります荒野教会の牧師清水孝弘です。

19歳の時に初めて教会へ導かれ29歳で献身し韓国の神学校で学びました。

日本に帰国し現在の教会で牧会をはじめて8年になります。

妻と二人の娘と4人で暮しています。

2. 神との人格的な出会いはいつですか。

 信仰の問題で実家を出なくてはいけなくなり、教会に住まわせていただきながら毎日牧師先生と一対一で聖書を教えていただきました。当時は仕事も大変で、ただただ苦しく孤独な時期でしたが、振り返ってみると主との深い出会いがあった時だと思います。人は孤独の道に押し出されることで神との親密な交わりを持つことができるのではないでしょうか。

3. ご自身にとって神とはどんな方ですか

 神はわたしに命と生きる意味を与えてくれた方です。

祖父の死をきっかけに幼い頃から死の問題に悩むことが多かった私ですが、それにさらに拍車をかけたのが、高校時代の友人の死でした。祖父が亡くなった時はいつか自分も祖父のように年齢を重ねたら死ぬのだという程度でしたが、友人が亡くなった時は同い年ということもあり、死がとても身近に感じられたのを覚えています。自分もいつ死ぬかわからないという恐怖感と「どうせ死ぬなら生きることに何の意味があるのか。」という思いが私の心を支配するようになりました

高校生の時からタバコやお酒を飲んでいた私ですが、死の恐怖と生きることに対する虚しさが、これらの量を増やしていたように思います。タバコの吸殻やお酒の空き缶が山積みになる私の部屋を見て母は大変ショックを受けていたようです。

すでにクリスチャンになっていた母は祈りつつ私を教会に連れていく機会をうかがっていました。程なくしてその機会がおとずれ、聖書のお話と教会の方々との交わりにより、神のことを徐々に知るようになりタバコやお酒も飲まなくなりました。

死の問題はすでにイエスキリストの十字架で解決されており、私はすでに新しい命に生かされていること、そしてこの方が命をかけて私を愛してくださっていることを知りました。

今は神に与えられた使命である福音を伝えることが生きる意味となりました。

神は私の命であり生きる意味をくださった方です。

4. 一番お好きな聖句とその理由を聞かせてください。

 ローマ人への手紙8章28、29節です。

「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

神は、あらかじめ知っている人たちを、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたのです。それは、多くの兄弟たちの中で御子が長子となるためです。」

 この御言葉は救われてすぐの頃から大切な御言葉です。

当時望まぬ環境に置かれ望まぬ出来事が起きる中、それでも神はすべてのことを益としてくださるというこの御言葉は、私に大きな力をくれました。

 そして今はこの益が、29節に記されている「御子のかたちと同じ姿」に変えられていくという益であることをおぼえ、日々目の前で起こる出来事(良いことも悪いことも全て)を用いて私を変えようとしてくださっているのだと信じて生きています。

5. 最近神から与えられた応答はありますか。

 コロナウィルスの蔓延により、教会での礼拝ができなくなった期間がありました。

緊急事態宣言が出て、教会の方々と相談した結果、礼拝堂での礼拝を中止し、YouTubeとzoomでの礼拝に変更することになりました。

主日の午前礼拝はyoutubeでライブ配信し、午後礼拝と水曜礼拝はzoomによる双方向のやりとりができる環境で礼拝を捧げました。

 私はこの期間に人と人とが分断されてしまうこと、特に教会の信徒の方々との関係が希薄になることを憂慮していました。

だから神に「わたしたちそれぞれが神様との関係と教会の一人一人との関係を強固に持ち続けられるように」と祈っていました。

 この期間に以前韓国から留学に来られ、その間わたしたちの教会で共に礼拝を捧げていた姉妹が、インターネットでなら参加できるということで韓国から礼拝に参加してくれるようになりました。

また毎年韓国から夏の短期宣教に来てくれる兄弟宣教団のメンバーの姉妹も参加してくれています。

さらに、アメリカのカリフォルニアにいる妻の友人は時差があるにもかかわらず、現地時間の土曜の夜にわたしたちの礼拝に参加してくれるようになりました。

 緊急事態宣言が解除され通常の礼拝に移行してからも、この方々からインターネットの礼拝を続けてほしいという要望を頂き今も続けています。

 教会の信徒の方々が神との関係とメンバー間の関係を強固にできるようにと祈っていた私ですが、この祈りを超えてさらに予想もしなかったところから、新たに共に集う方々を与えてくださいました。

これは本当に大きな慰めになっています。

6. 信仰生活の中でどんな時に辛さを感じますか。

 私の場合、疲れを感じる時は、神ではなく人を見ている時だと思います。

色々なことが重なると、知らず知らずの内に神から視線がそれてしまいます。

しかし神が御言葉や祈りの中で、また人を通して気づかせてくれるので感謝しています。

7. 信仰的に辛い時、どのように回復をはかりますか。

 毎週の主日礼拝の説教や平日の礼拝の説教、そしてその準備の中で回復させられていると思います。

信徒の方々と共に聖書を開き聴くことができる祝福は何ものにも変えられません。私の語り得ないところまで補いながら聞いてくださり本当に感謝です。

 また関西聖書学院で出会った先生達と共に浜崎英一先生のバイブルトークの学びを毎月Skypeでしているのですが、お互いが同じ牧会者ということもあって、多くの部分で共感でき慰めを与えられる時間です。

さらに二ヶ月前から同じ神学校(総神神学大学院)を卒業した仲間と月に一度zoomで会い色々なことを相談し合うようになりました。その交わりにもたくさん元気をもらっています。

神の言葉と、神に仕える仲間達との交わりが私に力をくれています。

8. 好きな賛美はありますか。

 岩淵まことさんの「父の涙」が好きです。

救われてすぐの頃からたくさん恵みを受けてきた賛美です。

「父が静かに見つめていたのは愛するひとり子の傷ついた姿、人の罪をその身に背負い父よ彼らをゆるしてほしいと」

教会に通いはじめて間もない頃、教会の方々と共にこの賛美を歌っている時に、この歌詞に強烈に打たれたのを覚えています。

言葉では説明できない不思議な力に包まれているような気持ちでした。

本当に人間を超える存在が、神がおられるのかもしれないと初めて思った思い出の賛美です。

9. 今年の計画や祈りの課題を教えてください。

 最近感染者数が再び増加し、教会堂での礼拝も感染予防に注意を払いながら行うようにしています。感染者数がさらに増加すれば再度インターネットのみの礼拝も考えなくてはいけないかもしれません。祈りの応答のところでもお話しした通り、インターネットを通して新たに集う方が与えられたのはとても嬉しいことなのですが、一方で小中高生はインターネットではうまくカバーできていません。

しばらくは高校生ともzoomで一緒に礼拝したり、小中学生にもYouTubeでライブ配信していたのですが、だんだん距離ができていきました。

対面で会えなくなった時にどのようにフォローしていけば良いのかを悩んでいます。私たちの教会にマッチした良いやり方が与えられるように祈っています。

 またインターネットでも続けて礼拝に参加しお互い祈り合いながら良い関係を持てている信徒の方々も、コロナショックの長期化が相当こたえているように感じます。主の恵みにより支えられて、この災禍を乗り越えていけるようにと祈っています。

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