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土曜日, 10月 24, 2020

パン職人から、人の魂を焼く牧師に

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1.自己紹介をお願いします。私は、光州市北区にあるプルシム教会(www.callingch.com)で牧師として仕えているチョ·ヒョンチョルと申します。2.神さまに出会った経験についてお聞かせください。

  私は、幼い頃から教会に通っていました。教会に行くのが楽しみでした。教会で友達と遊んだり、賛美や踊りを学ぶのが好きでした。教会で、純粋な少年時代を送ったなあと思っています。高校卒業後は製菓製パンを学ぶために、日本へ留学を行くことになりました。

 1995年、25歳の時に日本に行きました。日本でも信仰生活を続けていましたが、その年に開催された「Kosta-Japan」という集会で神さまに出会う経験が与えられました。

 それまでは、自分の誠実さと勤勉さを誇っていましたが、神さまに出会ってからは、私が生きるというのではなく、神さまの計画の中に生かされているということが分かりました。当時、私を指導してくださった宣教師から「お前はパンではなく、神のために人を焼く者となりなさい」と勧められてパン職人の道を諦め、宣教師として献身することになりました。それから6年後の2001年に韓国に帰国し、神学校で学ぶことになりました。

3.あなたにとって、神はどのようなお方ですか?

 私にとって、神は木の根っこのような方です。目には見えませんが、いつも変わらず生きるための栄養を補給してくださり、風雨に吹かれてもしっかり守っていてくださる方です。

4.一番好きな聖書のみことばは何ですか。また、その理由を聞かせてください

 ピリピ2:13のみことばが好きです。「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」

 製菓製パンを学びたいとの願いを持って日本に行きましたが、神はその夢を用いてもっと大きな願いを持つようにしてくださいました。

5.日本宣教を志した動機は

 日本で宣教師への道が開けると思っていましたが、私の考えとは違って大学を卒業して帰国することになりました。韓国に帰ってからさまざまな宣教団体での訓練を通して宣教師の道を模索しましたが、ついに宣教師への道は開かれませんでした。

 そして2014年に教会開拓を始めたのです。宣教師ではなく、神さまの導きに従って牧会に専念することを決心しました。ところが同じ年の5月に、宣教訓練をともに受けた仲間の勧めで、光州市で日本宣教のための集まりを始めることになったのです。

6.信仰生活で疲れてしまうこともあるでしょう。

 疲れたときや気落ちしたときは、教会開拓をはじめた頃のことを思い出すようにしています。信徒は誰もいませんでしたが、ただ神さまがともにおられることだけで満足だったし、何も持たなくても神さまがすべてを備えてくださいました。 

 その当時に比べたら、今はとても満たされた生活を送っています。教会に仕える信徒も、30人ほど集っています。

 日本で30人の教会員がいれば大きい方でしょう。ここが日本で、私たちが宣教師なら、もっと苦しい環境だろうと思うと感謝が溢れます。ですから、いつも初心を忘れないようにしています。

7.信仰的な試練をどのように回復してこられましたか

 朝鮮に福音を伝えてくれた外国の宣教師や信仰の先輩たちの本を読みと、私たちも福音を伝えるために教会に仕え、宣教に励む事は当然の義務だと思えます。宣教師たちや信仰の先輩たちの苦労を思うと、今日私が経験していることは何でもないような気がしてくるし、再び立ち上がる力を得ることができます。

8.好きな賛美は

 イ・ジュンソクさんが歌う「花も」という曲が大好きです。韓国語の賛美を日本語に翻訳して歌っていますが、日本語の表現をどう伝えるかということに限界を感じています。イ·ジュンソク宣教師が翻訳した「花も」は、美しい韓国語に表現されていて大好きです。この賛美が韓国に紹介されて多くの教会で歌われていますが、日本語の賛美をたくさん韓国語に翻訳して、韓日関係を和解に導く力になればと願っています。

9.今後の計画や祈りの課題について

 イエスさまを信じてから50年になりますが、こんなにのんびりと過ごす夏ははじめての経験です。聖書学校や短期宣教で忙しい時期のはずですから。コロナウィルスの影響で、何もできない状況になってしまいました。

 1日も早くコロナウィルスが収束し、韓日関係もよくなって互いに行き来できるようになって欲しいです。短期宣教に出かけて、日本の教会や信徒たちを励ましたいと祈っています。

 「JUM日本宣教連合」の働きが光州全南地域で発展し、会員も増えてより影響力のある団体になればと願っています。日本に宣教師を派遣する団体として、成長するように祈ってください。

 日本での6年間(1995-2001)の生活で、日本人から受けたたくさんの愛、主からいただいた使命を忘れることができません。日本が福音化して神の国となるように、神の公義と正義を追求する国に変えられることを祈り続けます。

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