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土曜日, 10月 24, 2020

日本無牧教会現象: その原因と解決への一つの提案

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金山徳

(キム・サンドク/ホドス神学院長)

はじめに

 昨今、日本のキリスト教界において深刻な病理現象が起こっている。それは、無牧教会の急増である。立派な会堂があり、教会員がいるのに、みことばを伝える牧師がいない教会が急速に増えている。

 2014年の資料によると、日本には約7,900のプロテスタント教会がある。そのうち、約300の教会が無牧だという。兼任や代務牧師などを含めると、その数はもっと多くなるであろう。数の急増も問題であるが、この問題解決のための効果的な方策が見当たらないことが何よりも痛ましい。牧師が見つからず、教会を閉鎖せざるをえない事態も起こっているという。

 牧師がいないということは、みことばによる養い、教理教育、賛美と祈り、訪問、伝道、慰め励ますなどの、いわゆる牧会の機能が停止することを意味する。説教と牧会の不在は、教会に致命的な疾病を起こすことになる。みことばの働きが失われるということは、命の消滅を意味する。

原因

 ではなぜ、日本で無牧教会という事態がこれほどまでに深刻化したのか。原因を究明する方法はいろいろと考えられるだろう。神学的アプローチや歴史、文化、宗教、社会、政治などのさまざまな角度からの原因究明が可能である。たとえば、日本社会の高齢化を原因の一つとしてあげられるだろう。しかし、高齢化の問題は日本社会だけに限った問題ではない。したがって、高齢化だけを無牧教会の主な原因と断定することには慎重にならざるえない。もっと具体的で、直接的な原因究明を試みるべきなのである。

 当たり前のことだが、無牧教会が増加しているのは牧師が不足しているからだ。牧師不足とは、牧会者としての召しを与えられる者が少ないか、あるいは全く起こらないということだ。換言するなら、神からの聖なる召し(召命)が日本の地では「稀」になってしまったのである(Ⅰサムエル3:1)。これこそが、根本原因であり事実(fact)なのである。だとすれば、なぜ日本では神からの聖なる召命が稀なのかを究明すべきである。   

一つの考察

 明治以降、日本が近代化を進めていく中でもっとも重要視された思想は「和魂洋才」である。近代文明を西洋から受け入れるとき、日本固有の精神を失うことなしに西洋の学問や知識、宗教、技術などを摂取し、活用して両者の調和(和洋折衷)をなそうとしたのだ。

 この「和魂洋才」思想が、外国からの宣教師たちによるキリスト教宣教にも深く浸透していた。つまり、信仰を持つという実存的決断を要求する際に、「和魂洋才」の影響が色濃く及んでいたのである。その典型的な例を見てみよう。1872年、日本最初のプロテスタント教会である「日本基督公会」が設立されたが、そのとき作成された「日本基督公会定規」では、次の三項目が削除されてしまっていた。そのことが、当時の明治政府太政官から送り込まれた安藤劉太郎の報告によって明らかになっている。

第一条 曰皇祖土神ノ廟前ニ拝跪スべカラザル事。

第二条 曰王命ト雖モ、道ノ為ニハ屈従スべカラザル事。

第三条 曰父母血肉ノ恩ニ愛着スべカザル事。

 つまり、唯一の主なる神を信じたとしても、万世一系の皇室との関係に触れることがあってはならなかったのである。イエス・キリストへの信仰は、あくまでも天皇の支配に抵触しない限りにおいてのみ許されるとされたのだ。その結果、和魂洋才的キリスト教、日本化されたキリスト教、日本的キリスト教というレールが敷かれ、動き始めたのである。最初のボタンをかけ違えた日本のキリスト教は、結果的に聖書信仰から変質を遂げていった。同志社の神学者である魚木忠一(1892-1954)は、次のように言っている。

 「日本精神を基盤として展開したキリスト教が、日本精神の自覚的発展と共に自らの意識を鮮明にした。それが日本のキリスト教である。信仰者において日本精神と基督教とは二つのものではなく、渾然として一つとなり、分かつべからざるものとなっている。それが日本基督教という意識なのである。(『現人神から大衆天皇制へ』p177)

 和魂洋才的キリスト教、日本的キリスト教の象徴的な例として、「日本基督教団が大東亜共栄圏内に在る基督教信徒に送る書簡」(1944)が挙げられる。この「書簡」では、日本的キリスト教こそ本来のキリスト教の姿であると主張している。

 天皇制(教)と結合した「日本的キリスト教」とは、皇民化そのものである。霊的アブラハムの子孫ではなく、天皇の万世一系の子どもとしてのキリスト者である。日本の神社は非宗教であるとしながら、天皇を中心とする神道神社としての国家宗教が、日本人の生活と思考に深く根をおろし続けたのである。

 敗戦後、日本の教会は聖書的キリスト教の本来の姿を取り戻そうと努力したが、結果的には曖昧なままとなった。戦争責任について、教会や牧師、神学者たちは神と隣人に対して深い反省も謝罪も、心からの悔い改めもできなかった。かえって、再び入って来た外国の宣教師に対して否定的な姿勢に終始し、依然として日本的キリスト教であり続けようとしたのだ。

 日本のキリスト教宣教は「日本的キリスト教」で始まり、そのまま戦後までも続いてしまっている。このような「日本的キリスト教」という土壌においては、聖霊の能動的な働きは「稀」にしかないのは当然ではないだろうか。キリスト教も一つの宗教に過ぎなくなり、まことの悔い改めと救いが起こりにくいということではないかと思うのだ。その結果教会活動が縮小し、伝道が振るわず、神からの召命も「稀」でしかなくなってしまったのである。日本のキリスト教は、「日本的キリスト教」から「聖書的キリスト教」に立ち帰らなければというのが私なりの結論だ。

解決の道

 日本の無牧教会の増加は、たんに量的成長の鈍化によるものだけではない。そもそも、日本のキリスト教史において、いつ量的成長があったのだろうか。明治時代の初期、または敗戦直後にキリスト教ブームがあったと歴史家たちは語るが、それらはあくまでも「ブーム」でしかない。「罪を悔い改めて、神の国を求める」ことがどれほどあっただろうか。もちろん、キリストに人格的に出会って真のクリスチャンたちがいたことは間違いない。それらの人々によって、教会は今まで命脈を保ってきたのだから。

 だとしても、今日の日本無牧教会の増加現象は、日本の教会に対する総体的な生まれ変わりを求める神からの強烈なメッセージであるといえよう。であるなら、日本の教会が「日本的キリスト教」を脱皮し、「聖書的キリスト教」へと生まれ変わっていく絶好のチャンスなのだ。

では、解決のための方策は何か。無牧教会という現象を打開するための基本原則は、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」というみことばにある。日本の教会には、日本と全く異なった土壌から育てられ、神からの聖なる召命を受けた信仰者、聖書信仰と神学で武装した献身者が必要だということだ。

私は、日本とは「別の土壌」を強調したい。それは、日本の教会が持っている「形而上学的指向性の神学」ではなく、実践的で実存的な決断が伴う信仰こそが必要だと考えている。学問のための神学ではない、生きた現場からの神学によって鍛えられた霊的戦士が必要なのだ。

それは、近くて遠い国といわれる韓国教会から遣わされる牧者によって可能となるのではないか。韓国教会の歴史とは、神の救いの実際性である。その土壌から備えられた宣教師や牧師が、マケドニア州に渡ったパウロのように日本に渡るのだ。この「宣教的渡海」は、紅海を陸地のようにして渡ることであり、神の国の宣教に勇気をもって踏み切ることである。「宣教的渡海」の実践のために、遣わされるべく人を厳選するとともに、神学教育と宣教訓練を行う慎重な準備によって派遣する全体的な過程における主の導きによる働きだ。

「慎重な準備による派遣」とは、現地の日本無牧教会と、所属する教団や責任ある指導者たちとの緊密な教会論的プロセスを通して行うことを意味する。相互の承認を基礎にして行うということが大前提だ。宣教の担い手は個人ではなく、教会である。それは、福音を伝えるための公的で聖なる働きである。具体的には派遣期間や活動地域の選定、居住場所や謝礼などについて協議し、相互確認を踏みながら派遣することを含むものである。

ホドス神学院日本無牧教会牧会学科

ホドス神学院は、韓国の釜山にある神学校である。日本の無牧教会の問題解決のために、どのように取り組んでいるのか簡単に述べたい。

当神学院は、日本キリスト教会九州中会と協力関係を持っている。この神学院の「日本無牧教会牧会学科」を卒業した者(入学に関する情報は、ホームページを参照www.hodos.or.kr)のうち、神学院が要求するすべての条件を満たしたと判断した場合、日本キリスト教会九州中会に派遣され、その中会の指導の下で「協力宣教師」として認定、中会が遣わす無牧教会に遣わされることになっている。

日本無牧教会牧会学科は、年間4学期制で構成される。1学期はクラス授業(3–6月)、2学期は夏期現地宣教実習(7–8月)、3学期はクラス授業(9–11月)、4学期は冬期現地宣教実習(12–2月)となっている。現在、李炳斗牧師が下関教会に、金東祐牧師が志免教会に遣わされ、静かながらも大きな波を起こしつつある。卒業生たちは、コロナウィルスの影響で足踏み状態にありながらも、主の導きを待ちながら派遣のときを待っている。9月から、また新学期を迎える予定である。

ホドス神学院は、学生募集に必要以上のエネルギーを注がない。厳格な入学基準があり、試験と面接を通して働き人を受け入れている。中途退学も十分あり得る。弟子訓練方式で学び、宣教訓練だけではなく、健全で幅広い神学的思考能力の涵養を心がけている。

現地の教会に遣わされた卒業生は、ホドス神学院と交わりを保ちながら宣教的情報の共有と訓練協力を続けている。日本の教会に対する実際的教育に関しては、九州中会の積極的協力を得ながら行っている。ホドス神学院では、毎年宣教報告大会を開いている。基本理念に忠実であり続けることと、より実際的な宣教実践を目指している。

結論

ホドス神学院から遣わされる牧会者(宣教師)たちの働きは、あくまでも誘い水のようなものである。彼らの働きによって日本の教会に主のリバイバルが起こされ、主なる神からの召命が起こされることを祈り求めている。「くすぶる灯芯と傷んだ葦」の再生のために、支援軍として、次世代を担う若き日本人献身者が多く与えられることに思いを集中している。主と隣人の前で、与えられた使命を誠実になしていくならば、主のみことばによって大いなる召命が日本の若い人々に臨むことを信じている。

筆者紹介

金山徳院長は、スコットランド・アバーディン大学で学び(Ph.D)、日本キリスト教会所属の牧師として20年以上にわたって仕えてきた。現在は日本キリスト教会九州中会の宣教教師として、日本無牧教会に働き人を派遣するためにホドス神学院長として仕えている。

この論考は、「和–Mission」(2019)に掲載したものを修正したものである。

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