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土曜日, 10月 24, 2020

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川本 麻充

 私は現在、韓国のソウルに住んでいます。2015年にソウルに来ましたが、宣教師である夫と結婚して3年前から教会開拓を始めました。教会の名前は「イエスさまのパレット教会」です。変わった名前でしょう。名前は、次のような由来でつけました。私たち一人一人は、それぞれの色(個性や才能)を神さまから与えられています。単色では、深い色合いや奥行きを表現することはできません。しかし、イエスさまの手であるパレットの中で混じり合い、デザインされていくときに、すばらしいハーモニーが生まれます。教会の名前には、そのような思いを込めました。ソウルには、多くの外国人も生活しています。人種の違いも、イエスさまのなかで和合し、融和するという意味も含まれています。

 さて、私がソウルに来て、末期ガンの闘病生活を通してイエスさまが教えてくださったことを分かち合いたち思います。
 私は、ある時から、韓国で宣教訓練を受けたいという願いを持つようになりました。日本で、私はイスラム圈の人々に宣教する団体で奉仕させていただきました。そして、いつか専門的な訓練を韓国で受けたいと思うようになりました。ところが、韓国に渡って結婚して一ヶ月もしないうちに熱が続き、お腹が日毎に膨れ上がって嘔吐を繰り返すようになりました。医者の診断では、腎臓にウイルスが入りガスが溜っているといわれ、2週間ほど点滴を受けました。しかし、激しい痛みと脂汗に襲われて救急車で大きな病院に運ばれてしまいました。
 そこで、卵巣の末期ガンであると診断され、さらに専門的な技術をもつ医師に手術をしてもらう必要があるということで、ソウル大学病院の教授を紹介され手術を受けることになったのです。しかし、すぐには手術を受けることができませんでした。腹水で120センチ近くまで膨れ上がった腹部に穴をあけ、チューブを装着して少しづつ腹水を抜いていくのですが、すぐにまた腹水が溜りました。大きな検査を繰り返しながら、腹水で肺が圧迫されて呼吸も苦しく、祈ることも出来ない状態でした。「主よ。」と、かすかな声で叫ぶのが精一杯でした。

 韓国に来て半年も経たないうちの入院生活は、正直、本当に恐ろしかったです。看護師が早口で説明し、目も合わせずに打たれる注射や薬の数々を前に、聞き返す力も能力もなく痛みに耐えるしかありませんでした。韓国語もままならないのに、ましてや医療の専門用語など到底理解できるはずもありません。横にいてくれた夫だけが頼りでした。固くて小さな介助ベットで寝起きしながら、二カ月間も私の世話をしてくれた夫に心から感謝しています。夫は、私の血が混じっている腹水の処理まで素手でやってくれました。その作業は危険を伴うことがわかり、夫が病院にクレームを言って、その後は病院側がやるようになりました。しばらくして、日本から母と妹が駆け付けてくれたときの心強さと嬉しさは忘れられません。手術を受けるまでに、体重は7キロほど減っていました。母が梅干しやおかゆ、酢の物などの和食を持って病室に訪ねてきてくれました。一口ぐらいしか食べれないのですが、それでも食べると不思議に力が湧いてきました。ふと思いました。「私は日本人で、先進国のパスポート保持者だ。裕福ではないけれど家族が飛行機に乗って来て援助までしてくれる。慣れない韓国の地で闘病する娘のために、心をこめて料理を作ってくれる母と、幼い子供二人を置いてソウルまで来てくれた妹。孫たちを一人で引き受けてくれた父もいる。なんて、私は恵まれているんだろう。主よ、本当に私は愛されていますね。でも、主よ。外国人労働者たちはどうでしょう。誰も助ける人がいない状態で、母国に仕送りをする必要のある人たちです。いったい、どれほど不安で心細いことでしょう。」

 手術の一週間前までは、六人部屋にいました。私以外は、みな若い妊婦さんたちでした。そのうちの一人が、東南アジアから来た若い妊婦さんでした。私はチューブに絡まって身動きができない状態でしたが、夫が彼女の存在を教えてくれました。カーテン越しに、その人の夫と思える男性のひどく汚れた運動靴が見えました。わずかな時間を見つけて、毎日その人は見舞いに来ていました。工場での仕事があったようで、その人はしばらくいてすぐに出かけていくのです。その後、必ず聞こえて来た彼女のすすり泣く声が、今でも脳裏に響いています。他の妊婦さんたちは、お母さんや親戚の人などが食べ物を持ち込んで楽しそうに過ごしているのに、彼女には夫以外誰も来る人がいないのです。
 私には、韓国にいる家族や宣教師、牧師たちからのお見舞いがありました。ほとんど口にすることはない贈り物もありました。ふと、「手術してもどうなるかわからないのだから、彼女にこの果物やジュースをあげようと」思いました。ちょうどその時は、夫が忙しくて横に誰もいない時間帯でした。私は、その時に残っていた力を掻き集めるようにして起き上がりました。チューブの管がお腹からも腕からも出ていたのですが、紙袋に贈り物を詰めはじめました。真向かいのベッドまで、点滴をひきずって歩く距離が果てしなく遠く感じられました。吐気とめまい、心臓の激しい鼓動に倒れそうになりましたが、カーテンをそっと開けて「こんにちは。私は日本人です。この果物、あなたのお腹の赤ちゃんのために食べてください。私食べられないんです」と、めちゃくちゃな韓国語で伝えました。小柄な体格で、黒くて艶のある髪を持つ彼女の大きな瞳から涙があふれました。小さな声で「カムサハムニダ(ありがとう)」と、彼女は答えてくれました。その後、どうやって自分のベッドまで帰っていったのか記憶にありません。ただそのとき、私は生きていると実感したのです。私の命が日々死に向かっていた中で、命の輝きにあふれた一瞬でした。
 神さまにベッドで祈りました。「主よ。もし私にもう一度、命を与えてくださるなら、私がソウルにいる期間、外国人労働者で貧しい入院患者さんのために奉仕したいです。言葉が通じなくてもいいです。横に座って、ただ恐ろしさでふるえている人たちとともにいてあげたいです。経済的にゆるされるなら、彼らの母国料理を買ってプレゼントしたいです。」それが私の願いとなり、使命だと思うようになりました。

 さて、これを書いているのは2020年です。そして、私は生きているのです。今年7月で、ガンの摘出手術から5年目を迎えました。あの時、腹部を32センチも開いて卵巣や子宮、リンパ節、胆嚢を全て切除しました。44歳の時です。長時間の手術を終えて医者が言いました。「ガン細胞を調べたところ、今まで見たことのない種類で悪性だから、一日でも早く抗癌剤治療を始めた方がいい。」実際、術後も腹水は容赦なく毎日2リットル以上溜まり続けました。しかし、私も夫も抗癌剤治療を拒否し続けました。これ以上、医者には何もできなきないこと、私の命が主の御手の中にあって主だけが私を生かすことができるということを悟っていました。医者の逆鱗に触れ、治療を受けないなら出ていくように言われました。夫はあっさりと受諾し、私を支えながら2ヶ月ぶりに家に帰ることになりました。病院で、疲労困憊して看病してくれた夫ですが、退院後も毎日腹水を処理し、消毒してくれ、その量を記録し続けてくれました。腹部にチューブがつながっていたのでシャワーも出来ない私の髪や足を、夫が洗ってくれました。生活のために仕事もしないといけないのに、長期にわたり看病してくれた夫には感謝の言葉もありません。

カクオニルと川本マミ 宣教師夫婦

 退院後一ヶ月ほどして、腹部にあけた穴が化膿し始め、これ以上の装着は危険との判断で腹水チューブを取り除くことになりました。腹水が止まるように多くの方々が祈ってくださり、私も祈っていました。チューブを取り外す日の朝も、勢い良く腹水が出ていました。夫が、「心配しなくていい。主が責任を取ってくださる。ただ主に任せよう」と言いました。医者は、今後は週に一度、腹部に太い針を刺して腹水を抜くので大変辛い治療になると言いました。そして、きっと抗癌剤治療を受けることになると宣言しました。医者としては、当然の診断でしょう。しかし、チューブを抜いた瞬間、腹水は完全に止まったのです。夜にはお腹が張り始めて、痛みと呼吸困難がくるかと恐れましたが、何日たっても何も起こりません。一週間後の検診で、私以上に医者が驚いていました。信じられないといった表情でした。また一週間後に来るように言われ行きましたが、やはり腹水もなく血液検査をしても何も見つかりませんでした。イエス・キリストの十字架のみわざが、目に見える形で現れたのです。
 
 みなさんは、なぜ私にこのような奇跡が起こったのかとお考えになることでしょう。正直、私にもうまく説明できません。でも、ただ一つ言えることがあります。それはキリストが十字架で成し遂げられた完全な救いのみわざはすでに完了していて、その効力は今も100%私たちに流れているという事実です。このことを頭ではなく、私の中におられるキリストの霊で受けるように、入院中から訓練が始まったということです。夫は、手術前の一番苦しいときに言いました。「あなたの苦痛に満ちた肉体と、キリストの霊で満たされたあなたの霊を切り分けなさい。そうすれば、自分の肉体を上から眺めるようになり、あなたは解放を経験するから。」
 そのときの私は、その意味を理解できませんでした。ただ、私が霊と肉体を切り分けることができるようにしてくださいと主に祈るのが精一杯でした。理解はできませんが、確かにその時から霊と肉体の切り分けの訓練が始まっていたのです。訓練というよりは、真理を真理として受け入れる練習といった方がいいかも知れません。
 腹水も止まり、少しずつ回復を待つ期間、主はエペソ1章23節のみことばを心に留めるようにされました。「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の充満である。」寝ていても、洗い物をしているときも、このみことばが迫ってきました。「充満」ということばの意味を探す日々が長く続きました。そしてある時、私の霊はすでにキリストの充満であって、完璧であると気づいたのです。祈って、断食して、奉仕して、献金してと、そんな人間の努力とは無関係に、既に(です。既に。)完全な美しさで存在しているとわかりました。

 この肉体は、いつか死を迎えます。生かされる間は、多くの失敗と問題を起こしまし。ただ、霊がイエスさまの充満であり完全なのだから、神さまは私たちを罪人として見ないで義人として見てくださっていることの意味がわかりました。宗教的な行いや礼拝で義人になるのではありません。イエス・キリストが私の中に、私がキリストの中にいることの真理は、誰も変えることができないのです。私たちが、癒しの約束のみことばを祈り、宣言するとき、私たちの知識ではなく私たちに与えられたその霊がみことばに反応するのです。神のみことばは、この世の言葉ではありません。それは、神の国の力です。私たちの霊は神の国の命で溢れているのです。ですから、神のみことばに反応することができるのです。そして神のみことばの威力を、私たちの霊を通して、私たちの体とこの世界に示すことが出来るのです。
 入院中、苦しくて弱りはて、祈りもままならなかった時も、私の霊はキリストの充満で完璧であったのです。みことばを宣言していくとき、肉体は攻撃を受けていても私の中の霊がずっと反応して、主の力がこの地上の現実を越えて現れるのだと信じます。サタンは私の弱さや間違い、失敗を責め立てます。しかし、私の中におられるキリストの霊がそれらを却下するのです。私のすべての罪は、すでに処理済であり無罪だと言ってくださるのです。

 私はこれからも失敗するでしょう。しかし、キリストの霊を持つ者として安心して主のもとに行くことができます。どんなに反省し、悔い改めても、ほんとうの平安を私は知りませんでした。すでに罪赦されて、完全なキリストの霊を与えられた私だからこそ、主の前に出て悔い改めが出来るのです。与えられている身分がどれほどのものであるのか、このすばらしさを知らなければ悔い改めることは出来ないことを私は知りました。
 イエス・キリストを受け入れた人は、キリストの完全な充満がすでに与えられています。キリストの全てがです。この方の命の力が皆さんから溢れ流れて、体や人生、地上のすべての問題に至るまで勝利の旗を掲げていただきたいと願っています。私たちの力ではなく、私たちの中におられるキリストの充満がそれらを成し遂げてくださるのです。ですから安心し、リラックスしてください。最強の方、王の王であられる方がともにおられるのですから。
 最後まで読んでくださりありがとうございました。

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