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火曜日, 5月 11, 2021

「神さまがなさいました!」

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金エノク 宣教師

  主の御名を心から賛美致します。
四国にある徳島の地域で宣教をしている金エノクと申します。私は2015年に日本へ来て、神戸改革派神学校を卒業し、2018年の夏から「日本キリスト改革派、徳島西部教会」で宣教活動をしています。私が日本の宣教の志を持ちはじめた話をするには、高校時代にさかのぼらないといけません。小さい頃からイエス様が大好きだった私は、キリスト教系の高校に進学しました。朝から晩まで礼拝と賛美が溢れていた高校生活は、私にとって、まるで天国のような時期でした。しかし、高校2年生の時から、イエス様がおられなくなったように、礼拝の中でも賛美の中でも主の臨在と恵みを感じることができなくなりました。主の恵みの中で歩んでいた私は、突然訪れてきた心の渇きによって、霊的な暗闇を味わうようになりました。礼拝から離れたことはありませんが、霊的な暗闇は長い間、続きました。

  私は小学生の頃から夢見ていた漫画家の道を叶えるために、大学2年生のときに日本に留学しました。私は日本宣教をしておられる韓国人の宣教師の牧会される教会で礼拝を捧げましたが、そこで私は4年ぶりに、もう一度イエス様に出会いました。イエス様は、いつも優しくて信すべきお方でした。日本の地で出会ったイエス様の恵みは、驚くほど大きなものでした。私はその恵みに感謝して、主に祈りました。「主よ、祝福の地、この日本のために、主が願われることを私が行います。」主は、その後から日本宣教のビジョンを見せてくださいました。はじめ私は、ただ日本で働きながら、教会を手伝う奉仕者の道を心に描きました。しかし、主は奉仕者としての協力宣教師の道を閉ざしました。すべての道が閉ざされた時、私は挫折して泣きながら祈ることしかできませんでした。そのとき、父親を通してある一つの本を受け取りました。それは、『神さまがなさいました!』という本でしたが、その本は、アメリカ人の宣教師と結婚した女性が、自分の人生をすべて宣教の道に捧げた証の本でした。私はその証を通して、フルタイムの宣教師になる恵みをいただきました。

礼拝中の写真

  そのとき、主から「フィリピ4:6~7」の御言葉もいただきました。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを主に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」私はこの御言葉を心に握り、充分に準備してから、宣教師としてもう一度日本へ来ることを決心して、韓国へ帰りました。韓国に戻ってからの9年間、私は神学を学び、日本宣教の訓練を受け、日本語礼拝部で働きながら、日本宣教を準備しました。そして2015年、日本の地を踏みました。日本へ来てから6年間、多くの日本の教会で奉仕しながら、日本宣教の痛みを見ました。日本の地には、イエス様を知らない99%の人々が今も宣教師を待っています。そして、牧師がいない多くの教会でも宣教師を待っています。主は日本を心から愛しておられます。私の宣教は、ただ日本を心から愛する主の宣教を手伝うことだけです。そして、彼らと共に生きていくことだけです。ハレルヤ! 今日も休みなく日本宣教を導いておられる主を賛美いたします。

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