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土曜日, 10月 24, 2020

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白井 徹

  今年の4月にビザの関係で日本に帰国し、すでに5カ月が過ぎたが、未だにいつ韓国に戻れるか見通しが立たない。これからどうなるのか考えると不安に陥ることもあった。しかし、韓国での生活において主が下さった恵みを思い出し、再び希望を得ることが出来た。そのことを分かち合いたいと思う。

  2013年のことだ。以前からお世話になっている韓国人の牧師に神学を学びたいと相談したところ、韓国で学ぶことを勧められた。全く考えたこともなく、最初はかなり悩んだ。日本の母教会でも、その翌年から新たな動きがあることを知っていたため、そのままそこで働きたい気持ちもあった。しかし日本のクリスチャンが長い間100万人に満たないまま推移しているのに対し、韓国は1000万人以上のクリスチャンがいる。韓国と日本のキリスト教の違いはどこからくるのか知りたいという思いも起こった。また韓国でなら海外宣教・教会開拓などについてもより深く学べるのでは、という期待もわいてきて行くことにした。決心したのはその翌年の2月、語学学校の新学期の申し込み締め切り直前だった。
留学というと、多くの人が友人のいないさみしさ、助けてくれる人がいない困難などを挙げる。しかし私にはすでに韓国に友人がいた。Solという賛美宣教団である。Solは延世大学で教会音楽専攻の学生たちが作ったグループで、彼らが日本に宣教に来るたびに同行していたため親しくなっていた。韓国では困ったことがあるたびに彼らが助けてくれた。

  それでも様々な困難に直面した。勧められていた神学校は、トリニティ神学校とオンヌリ教会が設立したトーチ・トリニティ神学校だった。ところが、その年は韓国語課程に留学生の募集がないことが分かり、進路変更せざるを得なかった。と言っても他の学校については全く知らないため全て任せっきりのまま3校受験した。普通、神学校は留学生は筆記試験がなく、面接試験だけ受ければ良いのだが、韓国語能力試験(TOPIK)の3級以上に合格する必要がある。私は試験前にかろうじて3級には合格したが、最初に受験した学校は4級以上が必要だった(TOPIKは1~6級あり、6級が最も高いレベル。)。しかも、韓国人たちに交じって筆記試験も受ける必要があった。しかしなぜか合格。それが白石神学大学院だった。残りの2校には「3級では授業についていくのは難しい」と言われ不合格だった。受験資格を満たしておらず、受かるはずのない学校にだけ合格した。

  神学校に入ってからも、助けてもらいっぱなしだった。日本語がある程度わかる生徒を探し出して、助けてもらえるように学校側が手配してくれた。ほかにも、授業内容を整理したファイルをくれる生徒たちが多くいた。彼らの存在がなければ、とても卒業までは至らなかっただろう。頼りすぎたために韓国語が十分に上達しなかったと言えるかもしれないが。
こうして、去年の2月になんとか神学校を卒業したが、この時はまだ奉仕する教会が見つかっていなかった。しかし様々な人が多くの教会に声をかけてくれて、帰国する寸前に奉仕教会が見つかった。
「主の山に備えあり」という言葉がある。創世記22章でひとり子イサクをいけにえに捧げよ、と主に命じられたアブラハムが山に上っている最中、にいけにえに捧げる羊がないことをイサクに問われた時の答えが元となった言葉だ。韓国での生活を振り返ると、まさにこの言葉通りだった。
これからも必要の全てを備えてくださる神に期待し、感謝をささげつつ、宣教の道を歩んでいきたい。

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