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水曜日, 10月 20, 2021

「神への謙遜」と「神からの知識」 

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「神への謙遜」と「神からの知識」  

山梨英和大学 宗教主任 洪 伊杓

「財産は金持ちの砦、自分の彫像のそびえる城壁。破滅に先立つのは心の驕り。名誉に先立つのは謙遜。聞き従う前に口答えをする者 無知と恥は彼のため。人の霊は病にも耐える力があるが 沈みこんだ霊を誰が支えることができよう。聡明な心は知識を獲得する。知恵ある耳は知識を追求する。」(箴言18章11〜15節、新共同訳)

新型コロナウィルスの事態は前代未聞の文明史的転換の意味を持っています。もちろん過去にもウイルスや細菌などによる疫病はありました。最近のMARSのみならず、歴史的にも14世紀ヨーロッパの人口3分の1を奪ったペスト、インカ帝国の人口の90%が亡くなったヨーロッパ発の伝染病、20世紀初頭に5000万人の命を犠牲にしたスペイン風邪があります。にもかかわらず、新型コロナが前例のない現象であるという理由は、ウイルス自体ではなく、それに直面した後の人類の態度が異なるということです。

 カミュが小説『ペスト』(1947)で描いた疫病(黒死病)は、合理性に欠けた「不条理」を指摘すると同時に、絶対的な限界を感じる人間の無気力を表す言葉でもありました。恐ろしい伝染病を経験した人間は教会に集まり神に祈りました。小説『ペスト』のパヌルー神父も、疫病は神による裁きであるから悔い改めよと力説しました。しかし教会に集った人々は次々と病気に罹り、多くの人が犠牲となりました。神への謙遜はありましたが、神からの知恵に対しては見過ごしてしまったようです。

600年前、ペストが襲った際には礼拝堂に人々を集めたカトリック教会は最初のパンデミックの時にミ サを中止しました。各地のプロテスタント教会も動画による遠隔礼拝や短縮した礼拝で主日を守り、現在少しずつ対面礼拝を回復しています。キリスト教主義大学のチャペルもこのようなウェブ上でのメッセージ配信と動画配信などを試みています。これは確かに今までには経験したことのない前代未聞の文明史的な転換です。このような経験を通して、私たちは礼拝堂や教室で人々と対面する日常がいかに大切であるかに気づかされます。それでも、ウェブ上でも顔を合わせ、つながっていることを再確認できます。これこそ今の世代に与えられた聖霊による「絆」ではないでしょうか。

写真② カナダ合同教会のオンライン集会。Worship Online During COVID-19. An online meeting of St. Matthew’s United Church, Toronto. © Lauren Hodgson

今日の箇所によると、欲望に従って来た私たちは、謙遜を失い、神から与えられた自然を勝手に破壊し、そこからの富を蓄積しながら自らを守ってくれる城壁だと錯覚し、高慢になりました。(11〜12節)しかし今、代表的な大国や大都市はどのようになっているでしょうか。ある人は、マスクを日常的につけることに対して、これは不満や批判、悪口が多い人間の口を塞ぐために神がお考えになった結果だと言いました。口を慎み、隣人の言葉に耳を傾け、何よりも神の声に耳を傾けることが求められるのではないかと言うのです。本日のみ言葉にも「事をよく聞かないで答える者は、愚かであって恥をこうむる」(13節、口語訳)とあるように。14節には「人の霊は病にも耐える力があるが、沈みこんだ霊を誰が支えることができよう」と問うています。「支えるお方」はまさに「絆」を結ばせてくださる聖霊なる神ではないでしょうか。

写真③ This picture is of St. John’s in the Mountains Episcopal Church first online service of Morning Prayer, March 15, 2020.

現在、私たちは最先端の情報網を用いながら大変な患難を何とか乗り越えるためみんな努力を惜しみません。「さとき者の心は知識を得、知恵ある者の耳は知識を求める」(15節、口語訳)と記されているように、聖霊なる神とともに神に与えられた知識や技術によって互いがつながっていることを確認するのです。このような時こそ「神への謙遜」と「神からの知識」を共に求める私たちになりますようにと願います。いつかこの危機を克服した後、自由に信仰の友と再会を果たした時、この恵みに一層感謝し、その一瞬を大切にしたいと思います。

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