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月曜日, 4月 12, 2021

「癒しと回復としての騒音」

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「癒しと回復としての騒音」  

山梨英和大学 宗教主任 洪 伊杓

「主はこう言われる。この場所に、すなわちお前たちが、ここは廃虚で人も住まず、獣もいないと言っているこのユダの町々とエルサレムの広場に、再び声が聞こえるようになる。そこは荒れ果てて、今は人も、住民も、獣もいない。しかし、やがて喜び祝う声、花婿と花嫁の声、感謝の供え物を主の神殿に携えて来る者が、『万軍の主をほめたたえよ。主は恵み深く、その慈しみはとこしえに』と歌う声が聞こえるようになる。それはわたしが、この国の繁栄を初めのときのように回復するからである。」

(エレミヤ書 33章 10~11節)

山梨のキリスト教主義大学に来て半年間、授業はすべてオンラインで行われました。静けさの中で、キャンパスには軽やかに飛ぶツバメの声しか聞こえませんでした。山奥の寺や修道院に来ているような静寂さはいつの間にか当たり前のような日常になりました。新緑あふれる素晴らしい自然の中で、学生たちが話し合い、笑い、歌う声が聞こていないキャンパスは、まるで砂漠や荒野のように感じられます。学ぶ場に学ぶ人々がいないと、その場所は生命力を失ってしまったかのように感じられるからです。説教と祈り、賛美の声が聞こえない礼拝堂がそうであるように。。。

ゼデキヤ王が治めた時代のユダ王国は、神との約束を忘れ堕落した結果、神の怒りを買いました。バビロンの軍隊がエルサレムを包囲し、ユダ王国の破滅を預言したエレミヤは牢獄に監禁されてしまいました。(エレミヤ書32章1~2節)それでも預言者エレミヤは、罪深いユダの地は荒れ果て、町には人々が見えなくなり、獣さえ生きていけない不毛の地になるだろうと語りました。(エレミヤ書33章10節)しかし、神は彼らを完全に見捨てる事をなさいませんでした。エレミヤ書33章6節で「見よ、わたしはこの都に、いやしと治癒と回復とをもたらし、彼らをいやしてまことの平和を豊かに示す」とおっしゃる神は、回復の約束をも与えてくださいました。さらに10節には、「ユダの町々とエルサレムの広場に、再び声が聞こえるようになる」と記されています。そこは荒れ果て、人も獣もいなくなったが、「やがて喜び祝う声、花婿と花嫁の声、感謝の供え物を主の神殿に携えて来る者が、『万軍の主をほめたたえよ(…)』と歌う声が聞こえるようになる」(11節)と預言しました。

山梨英和大学の燕

  長引く新型ウイルスの事態によって、活力と力動性を失っているこの世界です。疲れ果て、皆が黙っています。時にはうるさいと思っていた日常の騒音が、むしろ恵みであったことをその「声」を失って初めて気づかされます。

 4月には小さかった幼いツバメは、いつの間にか大きく成長してキャンパスを元気に飛び交って、巣立っていきます。さえずる声も軽快です。もしかすると、彼らの声は過ぎ去ってしまう「騒音」に過ぎなかったかもしれません。しかし、今年の大変な静けさの中でその「騒音」は賑やかな恵みの声、力強い回復への音として再発見されました。次は、ミッション·スクールのキャンパスで学び、交わる学生の声、そして各教会の礼拝堂でマスクを外し、信仰の友と手を繋いで自由に祈り、賛美する風景を楽しみにしたいと思います。「それはわたしが、この国の繁栄を初めのときのように回復するからである。」(11節)という神の約束どおりに。

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