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火曜日, 5月 11, 2021

「よく聞いているのか」 

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「よく聞いているのか」  

山梨英和大学 宗教主任 洪 伊杓

それから、イエスは群衆を呼び寄せて言われた。「聞いて悟りなさい。口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである。」(マタイによる福音書15章10〜11節)

ウイルス感染から自らを、そして他人を守るためマスクの着用が当たり前の日常になっています。「マスク」(mask)という言葉はどこから由来したのでしょうか。諸説ありますが、ヨーロッパの原始語である「マスカロ」(maskaro)がその後ラテン語の「マスカ」(masca)になったことと関係があるようです。この言葉は、元々猟をする時に顔に黒い色を塗って変装したことに由来し、その後公演の時に俳優が役を効果的に表現するために被る仮面を意味するようになりました。「道化者」を意味するアラビア語の「マスカラ」(maskharah)もその由来の一つと言われます。つまり顔を隠して、役を演じるために作られたのが「マスク」の始まりです。したがって、現在の私たちの日常は「仮面被り」の生活とも言えるかもしれません。

写真① ヨーロッパの仮面舞踏会で使われたマスク。

しかし、現在私たちが使っているマスクは顔全体ではなく、鼻と口を覆い、紐を両方の耳にかけます。目と耳を開いて、鼻と口を閉じられている今のマスクは、私たちに「沈黙」を求めているようにも感じます。これまでの私たちの日常を振り返ると、口から要らない話ばかりしていたのかもしれません。沈黙とは、しゃべりたくなる私たちの本能的な習性を抑制する訓練であるため、キリスト教においても「観想祈祷」(Contemplation Prayer)という沈黙の伝統があり、仏教においても黙言修行が行われて来ました。沈黙とは自らの経験や考えを最善とする欲望に陥った自分に「マスク」を被せる勇気でもあります。マスクは話したい時にもう一度悩み、慎重に考え、相手を配慮する練習を行うための一つの道具でもあります。

写真② 1656年に描かれたローマの医師。ヨーロッパにおける17世紀のペストの大流行の際、医師は、クチバシ付きマスク、革手袋、長いコートを着用し、感染を防ごうとした。不吉で象徴的なその姿は、今日でもよく知られている。(PHOTOGRAPH BY ARTEFACT, ALAMY)

保健医療のみならず経済的にも不安定になっているこの時期、利己主義、嫉妬、嘲弄や非難、分裂、陰謀、怒り、暴言が私たちの口から無分別に表出され、「憎悪」というウイルスがより社会に蔓延するのではないかと心配です。ある小説家は「人々の話が多すぎて、言葉は疲れ果て、倒れてしまった」と嘆きました。旧約聖書に語られるバベルの塔以後、ばらばらになった言葉の混乱がこの時代はよりひどくなっているのではないでしょうか。新型ウイルスがもたらした現在の苦しみが私たちに問いかけています。あなたは他者の話を聞いているか。あなたはしゃべりすぎではないのか。

今日のみ言葉(10〜11節)には、イエスを試そうとしたファリサイ派の人々に対してイエスによる訓戒が記されています。弟子ペトロが「そのたとえを説明してください」(15節)と言うと、イエスは「あなたがたも、まだ悟らないのか。」(16節)と叱られ、もう一度次のように強調します。「すべて口に入るものは、腹を通って外に出されることが分からないのか。しかし、口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す。悪意、殺意、姦淫、みだらな行い、盗み、偽証、悪口などは、心から出て来るからである。これが人を汚す。しかし、手を洗わずに食事をしても、そのことは人を汚すものではない。」(19〜20節)

イエスは、より具体的に私たちの口から出るものがどれほど汚染されているかを指摘します。私たちは、鼻と口にウイルスが入るのではないかと懸念し、いつも手を洗い消毒します。しかし、むしろ私たちの口から出る汚れた言葉がより深刻な問題ではないかと考える時間が必要です。今、この瞬間にも黙々と、隣人の声に耳を傾け、仕える人々がいます。このような人こそこの時代の汚れている「言葉」を浄化している存在ではないでしょうか。私たちもその道を共に歩んで行きたいと思います。それが難しいように感じたら、沈黙して一言心の中で祈ってみるのも良いでしょう。

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