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水曜日, 10月 20, 2021

礼拝する教会になることを望んで。

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礼拝する教会になることを望んで
日本キリスト教会志免教会、金東佑協力宣教師

1989年、私が小学3年生だったある日のことです。近所に住んでいる友人の家で、日本の放送が見られるという話を聞いて、急いでその友人の家に向かいました。その頃、私は母に買ってもらった日本のゲームに夢中で日本という国への漠然とした憧れを持っていました。私の故郷、釜山は対馬から50kmしか離れていない世界で最も日本に近い町でしたので、時々テレビで日本の放送を見ることができました。友達の家に着くと、ちょうど面白いアニメの放送が入ってきました。言葉の意味は全く分かりませんでしたが、すぐに夢中になってしまいました。アニメだけでなく、CMも面白かったです。当時、日本で空前のヒットを記録していた「逆襲のシャア」に出てくるロボット玩具のCMが、いまだに鮮明に思い出されます。


その翌日、また日本のアニメが見たいと思い、放課後友達の家に行きましたが、その日は残念なことに、放送が見られませんでした。近いといえど外国の放送なので、信号が不安定で途切れてしまったようでした。この日、私は日本は外国なのだということを改めて知りました。
それ以来、私の脳裏には日本という国は本当に面白くて楽しいことがいっぱいある幸せなところだというイメージを持つようになりました。その後も10代20代を経て30代になるまで、私は日本に漠然とした憧れを持っていました。日本の文化が好きで、アニメ、ドラマ、音楽など様々な文化にふれました。いつの日か、日本で暮そうと、20代半ばから日本語も勉強し始めました。日本と韓国の間に歴史的な問題や政治的な問題がたくさんあることは、私にとってあまり問題にはなりませんでした。日本に対するこの盲目的とも言える好感が、両国間に横たわるすべての問題をないものにさせました。

そんなある日、日本の神学生たちの証を聞く機会があり、これによって日本宣教への心構えが大きく変わりました。30代になって主の召しを受け、神学校に通っていた2012年の春、神戸改革派神学校の神学生たちが見学のためにやってきました。私が通っていた神学校は大韓イエス教長老会系で、日本改革派教会と協力関係を結んでいました。
その日、日本から見学に来た5人の神学生の1人が代表で日本の教会の状況について話してくれました。
内容は以下の通りです。
「現在、日本の教会では牧師の高齢化が最大の問題の一つです。教会があり信徒もいますが牧師が不足しています。今も高齢の牧師が召されて牧師の数が減少し続けているのですが、若者たちは牧会と神学へあまり関心を持っていません。皆さんの神学校は私たちの神学校の50倍を超える学生がいて本当に驚きです。是非、神のお召しのある方は、日本に来て一緒に教会に仕えてください。牧師の足りない日本の教会で、韓国の牧師が共に神の御言葉を宣べ伝えて下されば、日本の教会も道が開けるでしょう。」
日本が好きで日本に暮らすついでに日本宣教をしようと思っていた私に、この神学生の証は大きな変化を与えてくれました。

宣教師夫婦


「日本は機会があれば、宣教に行ってみる国ではなく、説教のための宣教師が必要であり必ず宣教に行くべき国である。」という新しい認識が生まれました。
それから、中断していた日本語の勉強も再開し、積極的に日本宣教に関わる人たちとの人脈を広げていきました。もちろん日本宣教のための祈りも本格的に始めました。韓国の教会で牧会を学び、日本で活動している宣教師たちとも関係を結んでいきました。こうして2016年に、韓国釜山のホドス神学院という日本無牧教会を対象とする宣教団体と出会いました。ホドス神学院は日本キリスト教会という教団と関係を結んでいる韓国の団体で、2年間で日本の歴史、文化、教会史などを学べるところでした。私が日韓関係について真剣に悩み始めたのも、この時からでした。ここでの学びはとても有益でした。
それから少し時間が経過し2018年の秋、ついに福岡に遣わされることとなりました。その後、短い実習期間を経て、2019年4月から現在まで日本キリスト教会の志免教会で働いています。
私が韓国にいる間、日本の無牧教会についてのある風説がありました。それは無牧教会は長い間、牧師が空席である場合が多く、新しい牧師が着任すると、既存の信徒たちと関係を結ぶことが難しいというものでした。

しかし、志免教会は全く違いました。まるで私と妻が10年以上前から、この教会にいたかのように、暖かい眼差しで迎えてくれました。おかげで私たちは戸惑うことなく、すぐにこの教会に慣れましたし、教会の方々ともすぐに親しくなり、今に至っています。
残念なことに2020年は、コロナ禍の中、教会の外への伝道は微かしかできませんでしたが、韓国からやってきた私たち夫婦と日本の信徒の間の隔ての壁を崩し、お互いに理解し合い、愛し合う絶好の機会になったと思います。日本政府による緊急事態宣言により、礼拝を守りにくくなった時もありましたが、説教原稿を持って信徒の方々を訪問をし、挨拶を交わし心を分かち合うことが出来ました。教会員の皆さんも、特に心を砕き私たち夫婦のことを気にかけてくださり、まるで自分の子供のように大切にしてくださいました。

集合写真


今年はコロナ禍によって聖餐式を行うことが出来ず、月に一度の食事会も出来ませんでした。しかし、クリスマス記念礼拝とイブ礼拝は、衛生管理を徹底して、無事に捧げることができました。これからも志免教会が、ただ日本にある教会ではなく、神の国の教会というアイデンティティを持って生きていくことを望みます。たとえどれほど難しい状況であったとしても、礼拝を堅く守って生きていく教会であることを願います。 志免教会は7年という長い間、無牧教会でありましたが、一度も牧者のいない教会ではなかったと信じます。イエス・キリストが志免教会の牧者であられたからです。これからいかなる苦難があっても志免教会は、ただ三位一体なる神を礼拝する教会として生きていくでしょう。私もこの教会の礼拝を担当する者として宣教師、牧師である前に、礼拝者であることを望みます。今後も礼拝する志免教会のために仕える私たちでありますようにお祈りをお願いいたします。

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