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水曜日, 10月 20, 2021

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金野三郎

昭和25年播州赤穗で6人家族の3男として生を受け、三才の時ひかれたと思ったトラックの下からノコノコと這い出して来た ことか。父母の暖かい愛の中で何不自由なく中学、高校を過した頃、たった一度の人生、自分なりに納得した人生を送り たいと、理容の門を叩きました。努力次第ですばらしい未来が開ける思ったからでした。最初の一、二年は無我夢中でし たがその内何の変化もない時計の振子の様な毎日の生活がつまらなくなりました。そして「人生とは一体何だ!生きるとは、 どういう事なのだろう?真実とは?愛とは、死とは、人間とは…」と真剣に考える様になりました。生きる目的がわからない。 死が恐い。私の有りのままを真実の愛で愛して貰いたい。真実な生き方がしたい。もっと燃える様な生き方がしたい。自分 の生命を賭けてもいいような生き方がしたい。絶対不滅のものを私は求めている事と全く反対の生涯へと進んで行きまし た。そんな或る時或る友人がクリスマスに聖書を贈ってくれました。永遠のベストセラーと聞くこの聖書を最初から読んだ。 私の心を激しく打ったのは先ずヨブ一‧21“私は裸で母の胎から出てきた。また裸で私はかしこに帰ろう”で、全く同感であ った。そして伝道者の書「空の空、すべては空」「神の国とその義とを先ず第一に求めよ」「私が道であり、真理であり、命 なのです」 そして私に決定的打撃を与えたのは「人はたとい全世界を手に入れても命を損じたら何の得になるか」「すべ て疲れた人、重荷を負っている人は私のところに来なさい。私があなたがたを休ませてあげます」でありました。そして神を 神とも思わないのが一番の罪だと知らされ、私の生活は全くそうであったから、それなら私は罪人だと思った。その罪人が イエス様に初めて出会ったのでありました。お、このお方こそ本物だ!私の生命だ!私の真理だ!道だ!私の救い主 だ!イエス‧キリストこそ私の求めていたすべてであると知った私は天にも登る嬉しさで一杯になりました。

それから私の本物の人生が始まった。生き生きとした喜びにはちきれんばかりの燃える炎の様な青春、人生が。

私の生命を捨てても決して惜しいない尊いイエス様。主こそ救い主。祈りを聞かれるお方。救われて間もなく御言葉の乳 を慕った。詩37‧4の「主はあなたの心の願いをかなえて下さるという聖句が飛びこんできた。福音放送をききたいのにこの ラジオ、ピーピーガーガー、新しいのがほしいなあ、」それから一週間目、両親が婚礼に招かれての帰り、ラジオ二つを下 げて帰り一つを兄に一つを私にくれました。

又、無二の親友の救いを祈り待ち望んでいると、初めは反対していた彼も或る伝道集会で全く救われた。私の祈りの姿勢 は変わった。

主に信頼するものは失望することがない。その他次々祈りがきかれた。栄光主にあれ!

その様な恵まれた信仰生活を送っているうちに、どうしても直接献身したい!イザヤの様に「ここに私が居ります。私を遣 わして下さい」と願い祈るようになりました。しかし一向に「立て」とのお言葉がきません。しかし祈りに祈り待ち望んで居りま した所、『私の羊を牧しなさい』というお言葉が私に臨んでとどまりました。一人よがりではないかともう一度祈って待ち望ん

ooo でいますと『これは主から出たことですから…』(創24‧50)というお言葉をもって主のハソコを押して下さいました。今度はい

つ働き出せばよいものかと待ち望んでいますと…なかなかでした。一年間試みられました。この間に「何も理容を辞めなく ても羊は牧せるだろう」という思いが入って動揺しました。二、三ヶ月間、煩閟し平安がありませんでした。然し憐み深い神 は「私に聞きなさい」と祈りの座に導いて下さり、「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行 なわせてくださるのです。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。」

召命ははっきりしたものの、現状は全く立てる状態じゃない。その様な時「主のお言葉ですから従う」「あなたがたが根をさ さえている」…。ああ、そうだった。主が全責任を取って下さる。主に従おう!主が後の事は面倒みて下さるのだ。そして関 西聖書神学校へと導いて下さいました。

oo 「私は必ずあなたと共にいる。これが、私があなたを遣わしたしるしである。」

本当にきよき臨在は救いですから最も嬉しいお言葉を頂き感謝いたしました。「私の助けは天地を造くられた主からくる」と 絶対的な助けを保証され、死に至る迄、忠実でありなさいとお声をかけて下さいました。こんなタドン玉にすぎない様な罪 深い者を主が信用して下さって牧者に立てて下さったかと思うと目頭が熱くなってくるのを覚えます。神のご恩に少しでも 報いたく一粒の麦となって死にたく思います。尊い神の愛に感謝しつつ。

金野三郎

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